小シンポジウム 22日 14:00-17:00

小シンポジウム1 パブリックヒストリー:西洋史研究者への問いかけ

司会
岡本 充弘(東洋大学・名誉教授)
論点開示
岡本 充弘(東洋大学・名誉教授)
報告
小牧 幸代(高崎経済大学),石野 裕子(国士舘大学),菊池 信彦(関西大学)
コメント
成田 龍一(日本女子大学・名誉教授),本橋 哲也(東京経済大学)

歴史研究・歴史叙述では時代に応じてパラダイム転換が行われる。社会史,そして文化史への流れはその代表的な事例である。そのような変化として,現在国際的に関心を集めているのがパブリックヒストリーである。
パブリックヒストリー研究の国際化は,2010年代における国際パリッヒストリー連盟(IFPH)の活動の本格化によって大きく進展した。各国の研究をつなげるものとして,International Public History (2018~)がネットジャーナルとして刊行され,また現在ではGlobal Perspectives on Public History (Routledge, 2019~), Public History in International Perspective (De Gruyter, 2021~)という研究書シリーズが海外の大手出版社から刊行され始め,多様な領域への個別研究が続々と発表されている。
これらの研究にも見られるように,パブリックヒストリーの対象とする領域は多様である。博物館,教育,記憶,パフォーマンス,デジタイゼーション,家族・自己,歴史映画や小説,さらにはマンガやゲームなどのサブカルチャーなどにおよび,またこのために方法的にも伝統的な歴史研究はもちろんのこと,人類学,民俗学,社会学,情報学,文化研究,文芸研究などと交差している。
このような研究の流れを,在外研究,さらには海外での学位取得が一般化した日本の西洋史研究がどのように受け止めていくかは,現在検討すべき重要な課題である。本シンポジウムでは,非西欧地域を含めた3人の研究者による個別的な研究報告をふまえ,パブリックヒストリーが提示している問題をどのように考えていくべきかを,近現代日本の史学史・歴史理論についての多くの議論を提示してきた成田龍一,文学作品,映画,演劇などのテーマから歴史実践の意味を論じてきた本橋哲也をコメンテーターとして迎え議論する。なお同時にテーマの性格上,本シンポジウムはフロアからの発言を最大限取り入れるかたちで進行する予定なので,積極的な問題提起を待ちたい。

小シンポジウム2 モビリティーを生む「書物」:中近世ヨーロッパ内境域アルプス世界の場合

司会
踊 共二(武蔵大学)
趣旨説明
佐藤 公美(甲南大学)
報告
頼 順子(京都女子大学・非常勤),有田 豊(立命館大学),田島 篤史(愛媛大学)
コメント
図師 宣忠(近畿大学),中町 信孝(甲南大学)

モビリティーの歴史上重要な転換点の一つは,中近世ヨーロッパと関連世界におけるモビリティーの拡大にあろう。しかし「転換」の意味は,先行条件の維持・更新・共存との連関において初めて明らかにされる以上,中近世ヨーロッパのモビリティーも中世以来の中・小規模モビリティーとの連関から検討されねばならない。その一環として科研費基盤研究B「中近世アルプス地域の空間的・社会的モビリティー:境域の政治・宗教・社会の動的展開」はヨーロッパ内境域アルプス世界を対象とし,政治的・宗教的コミュニケーションの諸相から空間的・社会的・精神的モビリティーの動態解明を目指す。
本小シンポでは,移動と不可分の関係にある「資本」として「書物」を焦点化する。書物は知や情報の所有から利益を生み出す文化資本であると同時に,地理的・社会的・精神的移動の潜在力を生み出す資本,および移動の中でネットワークを生み出す資本でもある。小シンポでは各個別報告が,特定の「書物」がいかなる資本性を持ち,なぜ,いかにして,どのような移動性を生み出したのかを検証し,コメントと討論を受けて,「書物」に表れるアルプスのモビリティーの特性と他地域との共通性と相違を考えたい。
頼報告はフランス語圏からサヴォワ家へ移動した狩猟書を採り上げ,人間の空間移動に伴う王侯間の直接的移動と,ローカルな書物流通圏を介した移動の二水準において分析する。田島報告は15世紀末の悪魔学書を考察する。ティロール伯の依頼により知識層が執筆した悪魔学書の意味が焦点となる。有田報告はヴァルド派の「史書」を扱い,同派の亡命による空間移動とプロテスタントによる「史書」の受容から帰結した精神的モビリティーを考察する。最後に,カトリック世界とイスラーム世界の知識と書物に関する専門家達によるコメントと討論を行い,中近世のモビリティーにおける「書物」の意味と役割を浮上させることを目指す。

小シンポジウム3 近代ヨーロッパのカトリシズムと生活世界

司会
渡邊 千秋(青山学院大学)
問題提起
中野 智世(成城大学)
報告
渡邊 昭子(大阪教育大学),中野 智世(成城大学),前田 更子(明治大学),尾崎 修治(静岡県立大学)
コメント
金澤 周作(京都大学)

本シンポジウムは,近代ヨーロッパ社会の形成過程における宗教の役割を,人々の日々の営みに焦点をあてることで明らかにしようとする試みである。ここで特に注目するのは,近代において「伝統宗教」の側に位置づけられたカトリシズムである。啓蒙以降,信仰を個人の内面の問題としたプロテスタントに比して,カトリックにおける信仰は目に見える日常生活レベルの宗教実践や共同体の行動規範と密接に結びついていた。本企画では,カトリックという宗派に依拠した組織(網),集団,その教義や規範が,近代という激変の時代を生きる人々の「生」にどのように関わり,どのように人々の生き方を規定していたかに着目する。
シンポジウムでは,司会(渡邊千秋・青山学院大学)がファシリテーターを務め,中野による趣旨説明に続いて以下の4つの事例がとりあげられる。第1報告(渡邊昭子・大阪教育大学)は,19世紀ハンガリーにおける婚姻と改宗をめぐる信徒の「苦悩」を,司教へ寄せられた嘆願書から読み解いていく。第2報告(中野)は,19世紀ドイツで修道女として生きる道を選んだ女性たちの生活世界を,ある慈善施設の場から明らかにする。第3報告(前田更子・明治大学)では,戦間期フランスにおいてライシテとカトリック信仰とともに生き抜いた女性公立教員の姿が描かれる。第4報告(尾崎修治・静岡県立大学)では,独ソ戦に従軍したカトリック司祭の戦地での日常における宗教実践のありようが検討される。4報告に関する総括・コメント(金澤周作・京都大学)ののち,全体討論を行う。
4つの事例報告を手がかりに,さまざまな場・局面で人々の「生」に少なからぬ影響を及ぼしている宗教性のありよう――それは人々を縛るくびきであると同時に支えともなった――を可視化すること,そしてそこから,世俗化が進むとされる19,20世紀のヨーロッパ社会を新たな視点からとらえ直すことが本企画の最終的ねらいである。

小シンポジウム4 「周縁」の身体史:西洋近代と病気・犯罪・植民地の生体管理技術

司会
村上 宏昭(筑波大学)
論点開示
村上 宏昭(筑波大学)
報告
高林 陽展(立教大学),宮本 隆史(大阪大学),昔農 英明(明治大学)
コメント
梅澤 礼(富山大学)

19世紀末以降の西洋では,社会の周縁に属する身体を管理するための技術が急速に発展してきた。そのなかで開発されたのが,指紋や虹彩など生体情報による個人識別技術,今日生体認証技術ないしバイオメトリクスと総称される技術である。
周知のようにこの技術の最大の特徴は,人間身体を「情報の集積庫」と捉え,そこから終生不変・万人不同の個人情報を読み取る点にある。今日では生体を利用した個人認証は日常のあらゆる場面に見られ,今やインターネットとともに現代の生活に不可欠な情報技術として定着している。だがこの技術は元来,西洋世界の周縁に住まう人びと(犯罪者・非定住民・植民地住人)を管理するために開発されたものだった。
それゆえバイオメトリクスとは,その端緒において犯罪者管理と植民地統治という,西洋近代に特有の二大周縁領域と密接に絡み合う技術だったといえる。そうした起源の名残は現代でもさまざまな形で見られる。南アフリカ共和国をはじめとする旧植民地諸国においては「生体認証統治」,すなわち生体情報に依拠した住民の捕捉システムが先進諸国に比べて著しく発展し,社会に深く浸透していることは,その顕著な例といえるだろう。
本シンポジウムでは,この技術が依拠している身体を「可読的身体」と規定し,その起点や発展の諸相を論じることになる。とはいえこれは単なるバイオメトリクスの技術史ではない。可読的身体はその起源をバイオメトリクスと同じくしているわけではなく,むしろ後者は前者が成立して初めて可能となった技術だからである。
本シンポジウムで焦点が当てられるのは,まさにこの前者の身体にほかならない。すなわち,可読的身体はいかなる歴史的経緯から成立したのか。またそれは具体的にどのような仕方で周縁的存在者の身体管理に動員されたのか。これが本シンポジウムを貫く問題意識となる。

小シンポジウム5 続・〈悪の凡庸さ〉は無効になったのか?:歴史・理論・思想の対話

司会
小野寺 拓也(東京外国語大学)
報告
田野 大輔(甲南大学),百木 漠(関西大学),中村 雄輝(文教大学)
コメント
小野寺 拓也(東京外国語大学)

近年,アーレントの〈悪の凡庸さ〉概念をめぐっては,活発な議論が展開されている。これは「エルサレム〈以前〉のアイヒマン」の言動を明らかにしたシュタングネトの著作によって,〈凡庸な役人〉というアイヒマン像が疑問視されたことが大きい。日本でも2021年に同著の翻訳が出版され,同年9月に日本アーレント研究会でこの問題をテーマにしたシンポジウムが開催されるなど,大きな注目を集めている。このシンポジウムでは,アイヒマンが〈凡庸な役人〉でなかったことは確認されたが,次の3つの検討課題があることも明らかになった。
1)〈悪の凡庸さ〉概念をめぐって,歴史研究者とアーレント研究者の間に大きな認識の隔たりがあること。とくにアイヒマンの言動におけるイデオロギーの役割や「思考の欠如」という問題に関して,いかに共通認識を持てるのか。構造とエイジェンシーを相互補完的なものとして理解することはできないか。
2)〈悪の凡庸さ〉概念が『エルサレムのアイヒマン』で使われているのは本文で1回,あとがきで1回であることからもわかるように,この概念自体がさほど綿密な検討を経たものではないため,概念の意味するところが受け手(とくに研究者)によってまちまちであること。この概念を今後とも利用していくとすれば,それはいかにして可能となるのか。
3)〈悪の凡庸さ〉概念をめぐって,研究者と一般社会の間に大きな認識の違いがあること。とくにアイヒマンを〈凡庸な役人〉ないし命令を伝達するだけの〈歯車〉を見なすような認識が一人歩きしている現状を,どう考えるべきか。
これらの点について議論を深めるために,本シンポジウムでは歴史研究者とアーレント研究者に社会学研究者を加えて報告と討論を行い,〈悪の凡庸さ〉概念がなおも有効であるのか,有効であるとすればそれはどういう意味においてなのかを考えたい。

小シンポジウム6 サッチャリズムの歴史的前提:民衆的アーカイヴによる1970年代の再検討

司会
長谷川 貴彦(北海道大学)
論点開示
長谷川 貴彦(北海道大学)
報告
岩下 誠(青山学院大学),梅垣 千尋(青山学院大学),浜井 祐三子(北海道大学)
コメント
市橋 秀夫(埼玉大学),小関 隆(京都大学),尹 慧瑛(同志社大学)

これまで戦後イギリス史を語る際には,ひとつの「常識」があった。戦後政治のコンセンサスであった「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとする福祉国家が「英国病」とも言われた経済的衰退をもたらし,それを打開したのがマーガレット・サッチャーによる新自由主義的改革であったというものである。こうした歴史の語りは,サッチャーによって提出され,のちにトニー・ブレアによって強化されていくことになるが,その後30年にわたるイギリスの政治的言説のなかに強固に組み込まれてきた。しかし近年,この新自由主義の「成功物語」には,いくつかの疑問符が付けられるようになっている。
本シンポジムは,戦後イギリス史の分水嶺となるサッチャリズムの歴史的前提をなす1970年代の状況を「下からの」アプローチによって明らかにしようとする。サッチャリズムの研究は,これまで主として政治学や経済学などのアプローチによって蓄積されてきたが,同時代資料の公開が進むなかで本格的な歴史研究が試みられるようになってきている。そこでは,とりわけ社会や文化の変容と絡めて歴史的対象を分析する傾向が強く,本シンポジウムにおいては,とりわけ「民衆的個人主義」(popular individualism)をキー概念に独自の検討をおこなう。それは,戦後福祉国家のなかで自己決定権を高めてきた民衆レベルでの個人主義であり,この意識がサッチャリズムによってネオリベラル型個人主義へと変容・転轍されていったという問題意識に基づいている。
報告では,具体的に,教育,移民,女性などを対象としてとりあげて,1970年代という転換期のアモルファスな主観性を,オーラルヒストリーやエゴドキュメントなど民衆的アーカイヴを活用することによって明らかにしたいと考えている。さらにコメントでは,内部の他者としての在英アイリッシュの存在,LGBTや若者文化などサブカルチュア一般,1960年代の文化革命との接続といった観点から時代の特質を浮かび上がらせることにする。

ワークショップ

ワークショップ 外国語論文の校閲と投稿プロセス

司会
横江 良祐(日本学術振興会・特別研究員PD)
報告
久野 愛(東京大学),菊地 重仁(東京大学),安平 弦司(日本学術振興会・特別研究員CPD)

本ワークショップは,西洋史研究者の成果発信とキャリア構築に多大な影響をもたらす外国語論文(査読論文,論文集,モノグラフ等を含む)の校閲と投稿に関して,3名の報告者とともに話し合い,意見交換することを目的としています。西洋史研究の国際化には欠かせない外国語論文ですが,普段から使い慣れていない言語で学術論文を出版することに対してハードルを感じている研究者は比較的多いのではないでしょうか。今回は,日本の歴史研究の国際化支援を活動の柱の一つとした歴史家ワークショップにおいて様々な企画に携わっている3名の研究者とともに,外国語論文の執筆と出版に関するさまざまなテーマを掘り下げます。
ワークショップの報告者には,久野愛先生,安平弦司先生,菊地重仁先生をお招きいたします。久野先生は20世紀米国史をご専門とし,文化とジェンダー史の観点から消費者社会の形成と技術の発展にアプローチしていることで国際的に注目を集めています。同じく英語でご活躍されている安平先生は,歴史家ワークショップ主催「英文校閲ワークショップ」の企画運営者のお一人で,2021年の末にはPast & Present誌に論文が掲載されました。また,「国際化」と「英語圏進出」は必ずしも同じことことを意味しないという重要な点に鑑み,カロリング朝期のフランク王国を中心とした中世ヨーロッパ史に関してドイツ語で論文とモノグラフを出版されている菊地先生もお呼びしております。報告者の3名にはご自身のキャリアと研究業績に関してお話しいただいた後,論文テーマの構想,論文の出版方法,ライティングと校閲,査読と投稿プロセスに関してご経験をもとにディスカッションを行います。外国語論文の執筆において日本在住の研究者が苦戦しやすい点なども議題として取り上げる予定です。ワークショップ最後にはフロアからの質問や意見を募ります。これから外国語論文を書きたいと考える方,外国語論文執筆の学生指導に悩んでいる方など,広く関心を共有する方にぜひご参加していただければ幸いです。

問い合わせ先

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