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小シンポジウム


5月19日(日)

午前の部 9:45-13:00

I: 古典期アテーナイにおける討議的民主政とレトリック文化 共通A棟103

II: 中世ヨーロッパにおけるデナリウス銀貨の世界 共通A棟305

III: 国家的な観点から見る17世紀以降のユーラシア世界における「人の移動」 共通A棟202

IV: 大学教育における自然科学と歴史学の融合の試み 共通A棟201



午後の部 14:15-17:30

V: 古代地中海世界における人々の「移動」とネットワーク 共通A棟103

VI: 「革命」「自由」「共和政」を読み替える 共通B棟301

VII: 近代ヨーロッパの女性移民とジェンダー規範 共通A棟201

VIII: 旧イギリス領西インド諸島における歴史的事物の現存状況とプランテーション時代の記憶 共通A棟202

IX: 戦争を「歴史化」する 共通B棟401

X: ハプスブルク帝国の崩壊と新生諸国家の成立 共通A棟301

XI: ワークショップ ―国際発信とキャリア形成― 共通A棟305



小シンポジウムⅠ 9:45開始

(共通教育A棟1階103)

「古典期アテーナイにおける討議的民主政とレトリック文化 ―場(トポス)と話題(トポス)―」


佐藤昇 甘言と収賄:民会演説における信用失墜戦略とその変容

宮﨑亮 相続をめぐる法的言説 ―イサイオスの場合―

齋藤貴弘 宗教的言説と説得性 ―イサイオス相続関連弁論を中心に―

上野愼也 故事とトポス

コメント 桜井万里子・田中創・吉田俊一郎・内田康太

(企画:佐藤昇)

 古典期アテーナイではレトリック(修辞の技術)が発展したとされる。民会や法廷など、多様な討議の機会が提供されていた民主政のアテーナイでは、政治家たちの演説を耳にした聴衆たちが、都市国家の最終的な意思決定を行っていた。そうした場で実際に演説を行っていた人々、あるいはそれらの原稿を起草した人々は、一般市民からなる聴衆を説得しようと、実戦を前提とした修辞の技術、そしてレトリックの文化を練り上げていった。こうした技術や文化の実情を探ることは、民主政アテーナイの実態を討議的民主政という側面から捉え直すに当たって有効な視角を提供するものと考えられる。

 ところが旧来、レトリック文化そのものが歴史学の中で取り上げられることはあまりなかった。哲学・文学を中心に、アリストテレースら一部知識人が整理した修辞学理論を主たる素材として研究が進められてきた。しかしながら理論というものはおそらく、実戦の中で利用された技術の一部が取り上げられ、知識人の視点で整理・再編されたものに相違ない。近年、欧米では、実際に民会や法廷で実演されることを想定して制作された弁論作品を用い、レトリックの実態を明らかにして、そこから古典期アテーナイの討議的民主政の実情を明らかにしようとする研究が、L. Rubinsteinなどによって行われ始めている。アテーナイ民主政の特性を、M. H. Hansenのように、民主的な制度の存在とその機能から説明するのでもなく、J. Oberのように、エリートと大衆が共有する(とりわけ調和的な)民主政的「イデオロギー」から明らかにするのでもない、新たな民主政像の構築が手がけられている。

 こうした新しい潮流を受け、本シンポジウムでは、演説が行われた「場(立場、トポス)」の特性に注目することで、民主政アテーナイにおいて発展したレトリック文化の特徴・多様性を解明してゆくこととしたい。果たして当時、特定の話題(トポス)に関する「語り方」は、演説が行われる「場(立場、トポス)」に応じて、どのような特性を帯びるに至ったのか。その特性は、聴衆説得のためにどのように寄与したのか、あるいはそうした特性は時代を経るにつれて変化していったのか否か。こうした分析を行うことで、古典期のアテーナイにおいて、レトリックが実践的に、「場」や「話題」に応じた仕方で発展していった様子を考察してゆくこととしたい。

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小シンポジウムⅡ 9:45開始

(共通教育A棟3階305)

「中世ヨーロッパにおけるデナリウス銀貨の世界 ―社会が求め、社会が作り出せる貨幣の形―」


城戸照子 7世紀~10世紀イタリアにおける小額銀貨の流通

鶴島博和 長い11世紀(c. 960-c.1135)におけるイングランドのペニイ貨の流通速度と流通圏

山田雅彦 11-12世紀北フランスの弱小貨幣の存在理由 ―コルビー貨とアミアンの貨の分析を中心に―

徳橋曜 13~15世紀イタリアにおける小額銀貨の流通

コメント 菊池雄太・櫻木晋一

(企画:山田雅彦)

近年古銭学研究は、古来の形態学的・分類学的作業に加えて、出土状況それ自体の分析に組織的に取り組むことで、一つの総合的で具体的な地域史研究となりつつある(例えばフランスでは、国立国会図書館が企画するTrésors monétairesシリーズの刊行がある)。その射程は狭義の社会経済史の解明に限定されない。むしろ貨幣というモノを取り巻く表象、政治、制度、流通環境をめぐる議論が複雑に関わってくる。とりわけ、貨幣を発行する側と貨幣を使用する側のせめぎ合いがその時々の貨幣の特性を定めているとすれば、分析の視点は複合的であらねばならない。

 このような前提に立ち、本シンポジウムでは、カロリング時代に新たに誕生し、中世を通して発行されたデナリウスdenarius銀貨の歴史的推移に注目する。銀貨の本格的流通そのものはすでに7世紀後半からイングランドを中心に環北海エリアで始まっていたが、初期カロリング朝のもと、デナリウス貨を中心に据えた新たな幣制が定められ、その後の西欧社会全域の貨幣体系の基礎ができあがる。ところが、現実のデナリウス銀貨は早くも9世紀後半から早くも劣化が始まる。高品位の銀貨発行が維持されたイングランドを唯一例外として、大陸各地では、11-12世紀にもなると「悪貨」が問題とさえなる。さらに、中世後期のデナリウス銀貨はもはや商人の使用する貨幣ではなくなる。それでも、デナリウス貨は発行され続けたことをどう考えるべきであろうか。

 本シンポジウムでは、まず城戸が、カロリング時代の社会経済環境でデナリウス貨の登場が持った意味、またその変容の端緒を検討する。次いで鶴島が、イングランドの高品位銀貨をめぐる政治・社会・経済の関係を論じる。これを受けて、山田が10-12世紀のフランス王国における弱小デナリウス銀貨の発行の意味を考察する。最後に徳橋が、高額銀貨や金貨の発行が盛んに行われた中世後期イタリアの都市社会をとりあげて、この高度に発達した商業社会におけるデナリウス貨の存在意義を再考する。以上の四本の報告に対して、菊池がドイツ中世後期経済史の立場から、櫻木が日本貨幣史の立場から、それぞれコメントを行う。総じて本シンポジウムでは、このデナリウス銀貨の歴史的な実態とその役割についてあらためて検討を加えることで、社会経済生活の複層的実態、また同時に西欧経済における貨幣流通の真相の一端なりを明らかにしてみたい。

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小シンポジウムⅢ 9:45開始

(共通教育A棟2階202)

「国家的な観点から見る17世紀以降のユーラシア世界における「人の移動」 ―征服・捕虜・漂流の諸相―」


杉山清彦 大清帝国の広域支配と移動の諸相 ─征服・移駐・移住─

長森美信 17~18世紀における朝鮮人の「移動」 ―定住する被擄人、送還される漂流民―

コメント 割田聖史・津田博司

(企画:田中良英)

「人の移動」は人類史上普遍の現象だが、各々の時期に固有の特徴が存在することも確かである。またそうした共通性に着目することで、既存の時期的枠組を再考することも可能となろう。本企画は、ユーラシアの東西に広がるロシア国家を観察点とすることで見えてくる、17世紀以降のユーラシア世界における「人の移動」の特質が、19世紀第3四半期まで一定の共通性を維持したのではないかとの見通しに基づく。その最大の特徴は、「国家」の枠組とプレゼンスとが強化されることで、強制・半強制的な移動が顕在化した点にあるように思われる。

 「全般的危機」とも称される17世紀の政治的・社会的変動は、ユーラシアの東西において広域的秩序の再編と、それに伴う諸国家・地域内部の変革を招来した。ユーラシア西部に関し、当時のロシア国家に対する「人の移動」の傾向性から描出される状況としては、第一に、宗教改革に起因する宗派対立の発生、そして「国家」による公認宗派の選択により、プロテスタントのみならずカトリックにも移動が強いられた点。第二に、三十年戦争に代表される諸国家・地域間の対立の頻発が、とりわけ中部ヨーロッパ以東で、ポリツァイ学や官房学など「統治の学」に基づき、富国強兵を希求する内政改革を要求し、このような新たな課題に対応する人材の需要を高めた点が挙げられよう。

 その一方で、ユーラシア東部・南部に関しては、ロシア国家の領域拡張に伴い、ロシアもまたその一部を構成するにいたった構図として、巨大化した多民族帝国――ロシア帝国、大清帝国、ムガル帝国、サファヴィー朝イラン、オスマン帝国――間の角逐が激化する。ユーラシア世界の広域で活発化した、これら諸勢力間の接触と衝突は、軍隊・住民の移駐・移住、捕虜・亡命者の発生、さらに国家領域の変更による境界域住民の帰属の変化など、さまざまな局面でやはり「人の移動」を強いた。とはいえ、こうした接触は暴力的対立のみに終始したわけではなく、むしろ帝国相互間や帝国を取り巻く地域世界内部での新たな関係性の構築にも寄与することとなり、それもまた「人の移動」に影響を及ぼしたと考えられる。

 こうした東西の変化は、国家間や諸国家内部の人口(分布)の再配置にも帰結したと推測される。この論点も含め、本企画は主として東洋史研究者からの報告を通じ、17世紀以降のユーラシア世界全域を射程に、「人の移動」を通じて知覚される共通性及び地域性の有無を改めて比較検討する機会になればと考える。

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小シンポジウムⅣ 9:45開始

(共通教育A棟2階201)

「大学教育における自然科学と歴史の融合の試み ―研究・授業における実践から―」


佐藤暢 専修大学学際科目「人類と自然」 ―専門と教養の有機的連携の試み―

永島剛 学際的歴史講義における留意点 ―「疫病の世界史」の場合―

瀧上舞 同位体分析を用いたインカ帝国におけるトウモロコシ利用の検証

米延仁志 樹木年輪と湖沼年縞堆積物による高精度編年学と環境史復元

コメント 井上幸孝

(企画:井上幸孝)

本シンポジウムでは、これまでの共同研究や授業の実践から、歴史教育における自然科学系分野との融合の試みについて紹介する。地球科学、歴史学、自然人類学、年輪年代学を専門とする研究者の報告に基づき、自然科学の研究成果を含めた広い視点から、とりわけ大学での教養教育において人類の歴史を考える意味とその可能性を議論したい。

専修大学では、教養系の科目の一環として「自然と環境」をキーワードに、歴史学の枠組みにとらわれない多様な分野の外部講師として招聘して歴史や人類史を考える講義を実践してきた。その成果の一部は、井上幸孝・佐藤暢編『人間と自然環境の世界誌―知の融合への試み』(2017年)としても出版したが、本シンポジウムではその実践の一端を紹介する。さらに、「環太平洋の環境文明史」(代表:茨城大学・青山和夫、2009~13年度)および「古代アメリカの比較文明論」(代表:茨城大学・青山和夫、2014~18年度)という2つの新学術領域科研に携わってきた研究者にも加わっていただき、多様な専門分野からのアプローチが大学での歴史教育においてどのような観点を提供しうるのかを、具体的な実践例を交えつつ報告する。

 最初の2つの報告は、専修大学での授業実践に主眼を置いたもので、まず、佐藤暢(地球科学)が、同大学における教養関連科目の改革の経緯とその中での「学際科目」の設置の意図、ならびにその成果について、専門の地球科学の立場からの知見を交えつつ報告する。次に、永島剛(イギリス史)が、講義の中での具体的テーマの例を提示し、疫病という観点を提示することでどのような授業実践につながったのかを報告する。続く2人の報告者には、各専門分野からの具体的な研究事例を中心にお話しいただく。瀧上舞(自然人類学)は、南米アンデスのミイラの毛髪などの分析事例を歴史史料や考古遺物から得られる情報と絡めつつ報告する。さらに、米延仁志(年輪年代学)は、上記科研における年縞堆積物や樹木年輪研究による編年・環境復元等の研究よって、伝統的な歴史学の史料や手法以外にさらに新たな知見がもたらされる可能性があることを歴史上の具体例とともに提示する。最後に井上幸孝(メキシコ史)が補足的なコメントをしたうえで、質疑応答、フロアとの意見交換を行い、議論を深めたい。

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小シンポジウムⅤ 14:15開始

(共通教育A棟1階103)

「古代地中海世界における人々の「移動」とネットワーク -Identity, Ethnicity, Acculturation-」


長谷川岳男 古代地中海世界における人々の移動を考える

佐藤育子 古代地中海世界におけるフェニキアの宗教の発展と変容

宮嵜麻子 ローマ化以前のイベリア半島南部の社会と文化

青木真兵 古代ローマ帝国属州アフリカのポエニ都市レプキス・マグナの文化変容
―ローマ人、ポエニ人、ガラマンテス人の移動と交流を中心に―

コメント 師尾晶子

(企画:佐藤育子)

 近世初頭の大航海時代に始まる人々の広範な移動は、やがて世界の7つの海と5つの大陸を結び、いわゆる世界の一体化という現象を生みだした。それから数百年を経た今日、急速に拡大する政治・経済・文化面での接触や融合すなわちグローバリゼーションという言葉は、20世紀の最後の四半世紀より人口に膾炙されるようになり、良きにつけ悪しきにつけ人々の関心を集めてきたと言えるであろう。しかし、実は今から二千年以上も前の古代地中海世界において、すでに人々の移動にともなうさまざまな問題が顕在化し、それは、今日われわれが直面する多くの問題にも新たな視座を与えてくれるものではないかと考える。

以上のことを踏まえて、本シンポジウムでは、古代地中海世界における人々の移動にともなう諸段階での文化接触や文化変容をアイデンティティやエスニシティの問題とも関連づけ、さらには移動の過程で生じたさまざまなネットワークについても多局面から検討し問題提起を行う予定である。

古代地中海世界を通時的に俯瞰するために4つの報告と一つのコメントを用意した。まず長谷川岳男が本シンポジウム全体に関わるテーマについて、近年の研究動向の成果を踏まえつつ、特にギリシア人の移動について考察・紹介する。次に佐藤育子が、フェニキア人の移動を宗教的側面から検証し、文化接触や文化変容にともなうアイデンティティの問題と関連づけて考察する。さらに宮嵜麻子は、イベリア半島先住民のローマ化以前のアイデンティティが多様な他民族との接触・交流からいかに形成されたのかを探り、ローマ化におけるその変容を検討する。最後に青木真兵が、ローマ帝国期のレプキス・マグナにおけるローマ人、ポエニ人、ガラマンテス人らの移動と交流を通じた文化接触について報告する。これらの報告を踏まえて、師尾晶子が東地中海世界からの視点を交えて、コメントを行う。

後半では、フロアの参加者との意見交換に十分な時間を確保し、時空を隔てた古代地中海世界の諸相が現在の我々に投げかけるものをあわせて探って行きたいと考えている。

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小シンポジウムⅥ 14:15開始

(共通教育B棟3階301)

「「革命」「自由」「共和政」を読み替える ―向う岸のジャコバン―」


近藤和彦 ジャコバン研究史から見えてくるもの

古谷大輔 混合政体の更新と「ジャコバンの王国」 ―スウェーデン王国における「革命」の経験―

小山哲 ポーランドでひとはどのようにしてジャコバンになるのか ―ユゼフ・パヴリコフスキの場合―

中澤達哉 ハンガリー・ジャコバンの「王のいる共和政」思想の生成と展開
―「中東欧圏」という共和主義のもうひとつの水脈―

池田嘉郎 革命ロシアからジャコバンと共和政を振り返る

コメント 高澤紀恵・正木慶介・小原淳

(企画:中澤達哉)

近年の歴史学界では、近世の政治社会がもった独自性を明らかにしながら、近代主義的な歴史観を批判する研究が相次いだことで、近世史と近代史をいかに接続させるかが課題のひとつとなっている。J・ポーコック、Q・スキナーらの市民的人文主義論や共和主義論、H・ケーニヒスバーガ、J・エリオットらの複合国家論や「君主と政治共同体の統治」論などを踏まえるならば、近代ヨーロッパの姿はどう見えてくるだろうか。近代の重要な概念と見なされてきた革命や自由、共和政といったキーワードは、どのように再考されるべきだろうか。

 本シンポジウムは、近世史と近代史を接続するキーワードとしてあらためて革命・自由・共和政を選び取り、これらの概念がもった多義性と輻輳性に着目しながら、近世から近代への変動期の実態に肉薄する。その際、本シンポジウムは、複数の地域を比較する補助線としてジャコバンを選択している。フランス革命史の文脈のなかで理解されてきたジャコバンは、その世界史的な意義とともに空間的にも時間的にも「広がり」をもって受け入れられた事象でもある。本シンポジウムはこの点に着目し、第一にブリテン諸島、スウェーデン、ポーランド、ハンガリーなど、向う岸のジャコバンたちが示した革命・自由・共和政の意味を比較する。第二に、ロシア革命にいたる「その後」のジャコバンにも着目しながら、内外のジャコバン主義とジャコバン史観を総括する。

 革命・自由・共和政といったキーワードは、18世紀末には今日よりも広い意味で使用されていた。北大西洋の共和主義的伝統とは別に、向う岸のジャコバンには選挙王政の経験を基盤に「王のいる共和政」理念が堅持されてもいた。また我々が峻別しながら理解してきた近世と近代の各々の価値観を混在させた政治的主張も展開されている。それらは歴史的ヨーロッパの個性とも呼ぶべき姿だろう。フランス革命やアメリカ独立革命を下支えした共和主義的言説は従来、革新性や普遍性が主張されてきたが、本シンポジウムではあらためてジャコバンを補助線として歴史的に考察することによって、近世史と近代史の架橋がいかにして実現できるかを問いかけたい。

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小シンポジウムⅦ 14:15開始

(共通教育A棟2階201)

「近代ヨーロッパの女性移民とジェンダー規範 ―移動によってジェンダー規範はどのように変化するのか?」


杉浦未樹 変容する境界線 ―18世紀のケープ植民地における都市部およびフロンティアの女性移動―

一政(野村)史織 スラヴ系移民像とジェンダー観
 ―アメリカ合衆国セツルメント運動活動家エミリー・グリーン・ボルチの思想―

山本明代 ハンガリー王国出身の移民女性のジェンダー意識の変容
―アメリカ合衆国で発行されたハンガリー語新聞の作文コンクールから―

山手昌樹 イタリア・ファシズムの内地植民事業と性管理

コメント 藤川隆男

(企画:北村暁夫)

近年のヨーロッパ諸国では、介護労働に従事する外国人女性の急増を主たる要因として、「移民の女性化」と呼ばれる事態が進行している。近年の現象が「女性化」と呼ばれるのは、歴史的には移民の多数が男性によって占められていたという認識に基づく。実際に、19世紀後半から20世紀半ばにかけてのヨーロッパ人の移民に関する統計資料を見ると、男性が数的に優位であることを確認できる。しかしながら、アメリカ合衆国の移民史家D.R.ガバッチャが指摘するように、実は絶対数において女性の移民は相当の規模に達していたのであり、また、戦間期のアメリカでは、呼び寄せの増加により、女性移民の数が男性移民のそれを上回っていたのである。にもかかわらず、男性が数的に優位を占めるという認識は、女性移民の存在を見えにくくし、結果として女性移民に関する歴史研究を不十分なままにしてきたと言える。

そこで、本シンポジウムでは、18世紀から20世紀前半までの近代ヨーロッパの諸社会から移動した女性移民(国内移民を含む)を主たる対象とし、移民の実践とジェンダー規範が相互にいかなる関わりを持つのかという点に焦点をあてて、四つの個別事例を提示することにより、この課題に対する一定の見通しを提示することを目標とする。アメリカ合衆国出身の移民史家N.グリーンは、移民とジェンダーの関わりに関して、①移民する前の郷里におけるジェンダー規範が移民の実践に対していかなる影響を与えるのか、②移民の実践によって移民先におけるジェンダー規範がどのように変化するのか、という二つの問題を設定することが必要であると主張している。本シンポジウムの基本的な問題関心はまさにここにある。

 本シンポジウムでは、四つの個別事例の報告に続き、オーストラリア史を中心に移民・人種主義・白人性をめぐる研究に携わる藤川隆男氏(大阪大学大学院)にコメントをお願いし、そのあとにフロアを交えた自由討論を行う。

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小シンポジウムⅧ 14:15開始

(共通教育A棟2階202)

「旧イギリス領西インド諸島における歴史的事物の現存状況とプランテーション時代の記憶」


川分圭子 旧イギリス領西インド諸島における歴史的事物の現存状況とプランテーション時代の記憶

堀内真由美 「脱植民地過程」への忘却 ―ドミニカ島から英連邦ドミニカに至る道のりを記憶するために―

竹下幸男 イギリス社会における「良い移民」の系譜 ―メアリ・シーコールと現代の移民―

山口美知代 カリブ英語の研究史的位置づけ ―クレオール語と世界諸英語モデル―

井野瀬久美惠 「未完の脱植民地化」再考 ―全体討論に向けて―

(企画:川分圭子)

 現在旧イギリス領カリブ諸島に行くと、ノーマン・マンレー空港(ジャマイカ)、グラントレー・アダムズ空港(バルバドス)、V・C・バード空港(アンティグア)、ロバート・L・ブラドショウ空港(セント・クリストファー)など、空港に人名が冠されていることに気づく。以上はカリブ諸国の独立を指導した政治家の名前であるが、これら現地では誰でも知っている人物が、日本の歴史学界で十分認知されているとは言い難い。

従来日本では、トリニダード&トバゴ独立の指導者エリック・ウィリアムズの著作の翻訳やそれに続くイギリス領の研究者、フランス領など他国領の研究者、ラテン・アメリカ研究者によりカリブ近現代についての研究が行われ、クレオール文学を扱う文学研究者や言語学者からも多くの知見が寄せられてきた。また日本は、同じ島嶼国・自然災害多発国という立場から、漁業・防災技術、環境対策などでカリブ諸国を支援しており、これら国際協力分野のカリブ地域研究も豊富である。しかし今なお日本のカリブ近現代史は、まだまだ情報が不足している状態にある。

カリブ諸島を訪問すると、そこには多くの砂糖プランテーションの跡地が残っている。それらは、単に廃墟となり自然消滅に向かっているもの、逆に美しく修復されかつてのプランターの栄華を追体験させる高級ホテルとなっているもの、奴隷制プランテーション時代の歴史を保存するための文化遺産として整備されつつあるものの3種に大別できるが、第3のものは少なく、整備資金も不十分で、注目度も低い。つまりカリブ現地では、こうした事物により可視的に歴史が現存し、またそれらによって明確に奴隷制プランテーションの過去と現在の連続性が意識されている一方で、それら事物の消滅や転用により、徐々に記憶の風化も進みつつある。

イギリス本国に目を転じると、そこでもカリブに対する記憶の消滅は顕著である。2017-18年のイギリスでは、移民全体への忌避感が、独立前のカリブ諸島からの移民やその子弟への強制退去措置につながり、問題化して、内務大臣が議会で謝罪するに至っている。

この事件は、「独立」が実は歴史的記憶消滅の一因となっていることを、物語る。独立による他国化が、イギリス人に旧イギリス領カリブ諸島を単なる第三国と同一視させ、それらの歴史や言語もまた、単なる第三国のものと思考される。類似の現象は、歴史研究上にも起こっている。カリブ史の多くは、「独立」以前、「奴隷解放」前、「奴隷貿易廃止」前に集中しがちであり、これらを契機に問題が解決したという思考が、「事後」についての想像力の低下、忘却を招いている。

本シンポジウムでは、以上のようなカリブとイギリスでの歴史的記憶の現状、日本でのカリブ史研究の現状を踏まえ、従来の人文学研究の成果を生かしつつ、今後のカリブ史研究のあり方を考えたい。そこで、川分からカリブ現地における歴史的事物の現存の状況の報告をしたのち、歴史学からは堀内、英文学からは竹下、英語学からは山口の三者から、20-21世紀のカリブとイギリスをめぐる報告を受ける。その後、井野瀬のコメントを得て、現在もなお脱植民地化が未完である一方、歴史の忘却が進む現状を、歴史家としてどう対処していくべきか、シンポの参加者とともに考えていきたい。

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小シンポジウムⅨ 14:15開始

(共通教育B棟4階401)

「戦争を「歴史化」する ―戦争・軍事博物館の現状と課題―」


佐々木真 ヨーロッパの戦争・軍事博物館の動向

鈴木直志 戦争・軍事博物館の類型学

西山曉義 戦争展示の「歴史化」? ―第一次世界大戦を例に―

コメント 松本彰・原田敬一

(企画:佐々木真)

 今日のヨーロッパの戦争・軍事博物館はその設立当初の目的から離れ、新たな展示を模索しており、そこには一定の共通点がある。そのひとつは、ナショナリズム的な展示の相対化である。かつての戦争・軍事博物館は国威発揚や愛国心の陶冶を目的としていたが、冷戦の終結や欧州統合という事態に直面し、一国史を超えた歴史認識のもとでの展示が模索されている。ヨーロッパ、さらにはよりグローバルな空間に戦争とその記憶を位置づけようとする努力がその典型である。また、戦争や軍事をさまざまな角度から展示しようとする傾向も認められる。従来の戦史や制服、武器の展示から、兵士の戦争体験や銃後の生活の展示といった対象の拡大や、展示テーマに関連する多面的な現実の提示などがそれである。さらに、博物館展示の中心である現物に加え、再現模型や映像などを利用した新しい演出に取り組んでいることも、各館に共通する特色である。

だが、展示からは各館のコンセプトやそれぞれが直面する課題の差異も明らかになる。設立主体や設立の経緯により異なる各館の位置づけ、展示におけるストーリー性の付与の程度、演出のあり方の違いなどである。設立主体や設置目的などの客観的な条件の違いを背景とし、それぞれの博物館が、いかなる戦争の「歴史化」を実践しようとしているかによって、これらの差異が生じている。博物館展示は単なる歴史研究の成果として考えるだけでは不十分で、館をとりまく政治的・社会的な磁場や展示技術(演出)、入館者の期待の影響を強く受けている。そのため、歴史学の成果と博物館展示との間には、ある種の緊張関係を伴った、「対話」と相互影響関係が存在している。

  本報告では、上記の動向を紹介・整理しつつ、博物館展示を題材として、歴史学において戦争が語られるあり方や問題点を考える。歴史学研究と社会との結節点に位置する戦争・軍事博物館を対象とすることは、国民の「集合的記憶」や「公共史」の問題とも深く関わっており、その点についても触れてみたい。

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小シンポジウムⅩ 14:15開始

(共通教育A棟3階301)

「ハプスブルク帝国の崩壊と新生諸国家の成立 ―100年後の総括:変容と継続―」


大津留厚 彷徨えるハプスブルク ―帝国が溶解する―

柴宜弘 統一国家ユーゴスラヴィアの建国をめぐる研究再考

ベルタラニチュ・ボシティアン 第一次世界大戦後のユーゴスラビア国境画定と日本

佐藤雪野 第一次世界大戦前後のチェコスロヴァキアにおける土地制度と農業経営

飯尾唯紀 帝国文書の相続問題と国民史

(企画:大津留厚)

第一次世界大戦が終わった時、中・東欧を支配していた四つの帝国が姿を消し、やがてソ連邦と中・東欧諸独立国家が立ち現れることになった。アーノ・J・メイアーは、『ウィルソン対レーニン』において、国際的な行動主体を「体制維持派」と「運動派」の対立として捉えた。その時、ウィルソンとレーニンは、お互いに対抗 しながら、ともに「運動派」として「体制維持派」に対峙するものとして位置付けられた。ロシア革命(レーニン)にしろ、中・東欧諸独立国家の成立(ウィルソンの「14か条」)にしろ、「運動派」の勝利の現れにほかならず、「未来」はその延長線上に構想された。

しかし 20 世紀の現実は、構想された未来を裏切るものとなった。継承諸国の多くはやがてナチ政権のドイツの支配下に置かれることになった。その統治のもとで、この地域に長く根付き、その多様性を象徴してきたユダヤ人社会は消滅を余儀なくされた。ナチ政権のドイツの支配が終わった時には、国境が改変されたり、ドイツ人社会が強制的に追放されたりして、この地域の民族構成は大きく変容することになった。

しかもナチ政権のドイツの支配を打倒するうえで大きな役割を果たしたソ連邦が、東欧諸国の共産党系政権を通じて支配を強めると、共産党政権への幻滅が生まれた。1989 年の東欧共産党体制の終焉は、冷戦期に凍結されていた国家と民族の問題を「解凍」し、チェコとスロヴァキアの分離やユーゴスラヴィアの解体につながることになった。ウィルソンとレーニンが構想した未来は時を同じくして、ともに時代の検証に耐えないことが実証されたのである。

その時に当たって、私たちはもう一度 1918-19 年の時点に戻って、この地域に住む人々の未来を構想すべきであろう。その時の未来は、現実から遊離した理想ではなく、人々の現実の生活から構想されるものでなければならない。この小シンポは、第一次世界大戦という過酷な経験をへて、帝国の解体や国境の改変を受けて、人々の生活で何が変わり、何が変わらなかったのか、という視点からこの時代の中・東欧を捉えなおすことを目的にしている。

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小シンポジウムⅪ 14:15開始

(共通教育A棟3階305)

「ワークショップ ―国際発信とキャリア形成―」

高橋亮介 趣旨説明

報告:隠岐 さや香 / ファシリテーター:鳥谷 真佐子

(企画:高橋亮介)

 本企画は、国際的な研究活動の実践とキャリア形成のあり方について、参加者同士の討論を通して現状理解や問題点を共有することを目的としている。

 近年、日本の西洋史研究者による国際的な研究活動はますます盛んになっている。史料・文献調査のための海外渡航は珍しいものではなく、若手研究者には期間の長短はあれ留学(海外の研究教育機関での経験)が期待されている。また国際学会での発表や外国語での論文出版など専門性の高い研究実績も求められ、望ましいと見なされるようになりつつある。

 その一方で、日本人西洋史研究者のほとんどが日本国内の大学での研究教育に携わることを希望するという現実がある。日本の大学は一様ではなく、西洋史の専門的な教育を行うポストばかりではない。そして、どの大学であれ専門分野の研究教育にとどまらない多様な活動が求められ評価される現状もある。

 専門的な研究活動と日本の大学教員としての活動をどのように両立させ接続させればよいのか。さらに日本で西洋史学という学問が存続する上で不可欠と思われる社会貢献や学会活動はどのように関係してくるのだろうか。本企画は全国各地から西洋史研究者が集まるという日本西洋史学会大会の特性を活かし、こうした課題について、規範的な結論を求めることなく、参加者それぞれの立場から何が重要な問題だと考えられるのか、異なる立場の人とどのような認識のギャップがあるのかを共有し、可視化することを目指す。

 まず近代フランスの科学技術史を専門とし、学問と大学のあり方の歴史にも詳しい隠岐さや香氏(名古屋大学)に、自らの経験に基づいて考えるところを報告していただき、その後の議論の足がかりとする。

 続いて、参加者は、大学院生、ポストドクター、大学教員などの異なる立場の人たちを含む小グループに分かれ議論した上で、全体で意見の交換を行うワークショップを行う。ファシリエーターは、「システム×デザイン思考」に基づいた問題解決手法の開発と実践に携わっている鳥谷真佐子氏(慶應義塾大学)にお願いする。ワークショップ自体は2時間強を予定しており、趣旨説明に先立ち受付を行い、グループ分けをしておく予定である。最大で30人強の参加者を想定しているが、多数の参加希望者がいた場合、先着受付順とする。

 本企画は、国際的な成果発信の強化、そして若手研究者の育成と切磋琢磨を目標とした西洋史研究者有志が運営する「歴史家ワークショップ」によるものである。西洋史学会の場で国際発信とキャリア形成に関する悩みや問題意識をオープンに話し合うことで、日本における西洋史学の持続可能性を考える端緒としたい。

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